正直に書きます。僕は、とんでもないめんどくさがりです。
洗い物が溜まって、1週間お釜を洗わないまま放置する。お米があるのに、炊くのが面倒でコンビニのパックご飯で済ませる。本音を言えば、家政婦さんを雇いたいと思っているくらいです。
でも、ずっとこう思っていました。「本当は、洗い物も洗濯もテキパキこなせる人間でありたかった」と。
そして、そうなろうとして気合で頑張って——できない自分を責めて、ダメージを負ってきました。
この記事は、そんな僕が「気合で頑張る」をやめて、自分がめんどくさがりであることを認めた話です。このブログ(シクミグラシ)が、なぜ「仕組み化」なんてものをテーマにしているのか。その答えでもあります。
「1工程に時間がかかりすぎると、何もやらなくなる」
最近、自分の性質をハッキリ再認識する出来事がありました。マッチングアプリを始めた時のことです。
とにかく、メッセージを送るのが面倒くさい。最初の一通を送るのに、相手のプロフィールを読んで、内容を考えて……1件あたり5分くらいかかる。それで返信が来ないと「面倒くせえ」となって、結局やめてしまいました。
そこで、あることに気づきます。僕は「1工程に時間がかかりすぎると、そもそも何もやらなくなる」タイプなんだ、と。
で、どうしたか。テンプレを作りました。 毎回ゼロから考えるのをやめて、型を用意して、そこに相手に合わせた部分だけ足す。そうしたら——驚くほどラクになった。
やる気が出たわけじゃありません。人間が変わったわけでもない。ただ、1工程あたりのコストを下げただけ。それだけで、続けられるようになった。
昔から、僕は「仕組みを作ること」が好きだった
振り返ってみると、僕はずっと仕組みを作ることが好きでした。
モチベーションを維持するためにアプリを自作したり、トレーニングを管理するアプリを作ったり、資格試験の問題アプリを作ったり。当時は「作る工程が楽しい」「新しい技術を触るのが楽しい」と思っていたんですが、今にして思えば違いました。
自分が動かなくても、勝手に働いてくれるもの。 それを作ることが、本質的に好きだったんです。
つまり僕は、根っからの”仕組み化人間”でした。でもそれは、意識が高いからじゃない。めんどくさがりだからです。動きたくないから、動かなくていい方法を作る。それだけの話。
じゃあ、なぜ筋トレは続いたのか
ただ、「何も続かない」と言うと、それも嘘になります。
たとえば筋トレ。体を壊す前は、毎朝欠かさず行けていました。あんなにめんどくさがりな僕が、です。
この違いは何だったのか。考えてみると、たぶん成果が目に見えるかどうかでした。
筋トレは、続ければ体が変わる。数字(重量)も伸びる。手応えが返ってくるから、続けられた。逆に、洗い物や洗濯は、やっても「元に戻る」だけ。頑張っても手応えがない。だから僕の中で、どうしても優先度が下がる。
つまり僕は、「意志が弱い人間」なんじゃなくて、「手応えのないことに、意志を使えない人間」だったんです。
一番きつかったのは、できない自分を責めることだった
ここが、この記事で一番書きたかったことです。
長いこと僕は、「洗い物くらいできて当たり前だろ」「こんなこともできないのか」と、自分を責めていました。気合でどうにかしようとして、でもできなくて、また責める。
このループが、一番のダメージでした。できないこと自体より、できない自分を責めることの方が、心を削っていた。
でも、あるとき思ったんです。
そもそも、当たり前のことができない状態って、あるんじゃないか。
疲れている時、ストレスが溜まっている時、心が限界に近い時。普通の人が当たり前にできることが、なぜかできなくなる。そういう状態って、確かにある。少なくとも僕には、ありました。
その時に「なんでこんなこともできないんだ」と責めるのは——たぶん、一番やっちゃいけないことだったんですよね。
「認める」というのは、諦めじゃなかった
そこで僕がやったのが、認めることでした。
- 僕はめんどくさがりだ
- 僕はストレスに弱い体質だ
- 手応えのないことに、意志を使えない
これを認めるのは、正直、ちょっと苦しいです。「そんな自分でいいのか」って思うから。
でも、認めてみて分かりました。これは諦めじゃなくて、方向転換の入口なんだと。
だって、自分の性質が分かれば、戦い方を変えられる。「気合で洗い物をする」のが無理なら、洗い物が出ない仕組みにすればいい。「毎回考えるメッセージ」が無理なら、テンプレを作ればいい。「干すのが無理」なら、乾燥機に外注すればいい。
性質を変えるんじゃなく、性質に合わせて仕組みを変える。
そう切り替えてから、僕の生活は少しずつ回り出しました。
これは、生活以外にも言えるかもしれない
最近、これは生活のことだけじゃないな、と思っています。
たとえば外見。僕は身長が高い方ではありません。モデルみたいなイケメンでもない。それを認めるのは、正直しんどい。でも、認めないと戦い方が決まらないんですよね。
背が高くないなら、高い人と同じ土俵で勝負しない。イケメンじゃないなら、別の魅力を磨く。「自分はこうである」を認めた瞬間に、初めて「じゃあどうするか」が考えられる。
認めるのは、負けを認めることじゃない。現在地を確認することです。現在地が分からないまま、地図だけ見て歩いても、どこにも着かない。
苦しいけれど、方向転換のために、それは必要なんだと思います。
この記事のシクミ
「性質を変える」んじゃなく、「性質に合わせて仕組みを変える」。
- 気合で頑張ろうとして、できない自分を責めるのが、一番心を削る
- まず「自分はめんどくさがりだ」「ストレスに弱い」と認める
- 認めるのは諦めじゃなく、戦い方を変えるための現在地確認
- 性質が分かれば、そこに合わせて仕組みを作れる(洗い物が出ない仕組み、テンプレ、乾燥機への外注…)
このブログでは、そうやって僕が自分の性質に合わせて作ってきた「シクミ」を、正直に書いていきます。同じように「気合で頑張ってできない自分」を責めている人が、少しでもラクになったら嬉しいです。
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